にのまえはじっと耳を傾けている。

 

にのまえの手には外国語の手帳があり、にのまえの目はその文字を追っている。

にのまえの目から送られた映像を、本社の人間が解読し、翻訳しているのだ。

『反乱軍に王都を占拠され、我々の国は終わりを迎えた。しかし、けなげにも大賢者様の身体から発生している不可侵の結界は強力に作用し続けた。王都を占拠した勝利者たちは、そのまま王都に閉じ込められた。結界を解くには核となる大賢者様の死体を燃やすか、木の魔法使いが解術しなければいけない。しかし…大賢者様の身体には、凍結の魔法がかかっている。もし火をかければ、彼女が生き返る可能性があった。核弾頭に匹敵する火力の彼女の復活を恐れた反乱軍の兵士たちは、大賢者様の身体には触れず、木の魔法使いたちに何とかさせようとした。だが、魔法使いは誰一人反乱軍に協力しようとはしなかった。外に出ても、我々魔法使いは生きていく術がない。海外に出た魔法使いがどうなったか、我々は良く知っている。この国がなければ、この国でなければ我々は人間として生きていけないのだ。そうして、大賢者様の足元で、今日も木の魔法使いが銃で撃たれていく。結界を解かなければ殺される。解いても殺されるから、結局同じことだ。この屋敷から私はずっとそれを眺めている。魔法使いたちは一瞬、救いを求めて大賢者様のお身体を見上げる。彼女さえ生きていれば。私とてそう思わずにいられない。…さて、もう、食料が無くなって一週間だ。じきに私も力尽きるだろう。これで私も夫と娘のところへ行ける。家族三人で、やっと暮らせるのね…』

以上です、と翻訳者がしめた。

にのまえはため息をつく。足元にちらばる白骨が魔女の像を見上げて手を組んでいる理由がようやくわかった。わかったら、気分が悪くなった。

「ともかく、あの魔女の像に火をかければここから出られるんだな?」

『ええ…おそらくは。しかし、その…魔法というのが本当ならば、その人が生き返る可能性があります。…その、危険な魔女が』

「どちらにせよ、ここには生きている人間はいない。木の魔法使いとやらもずいぶん前に全員死んだようだ。…だとしたら、方法は一つしかない…だろう?エックスさん」

『…そうですね。充分に気をつけてください』

もう一度にのまえは広場を見渡す。広場の真ん中には2mほどのポールが立っていて、その頂点に魔女の像がたてられている。胸に深々と刺さったナイフで、ポールから伸びる台座に固定されているようだ。…昔はもっとちゃんと固定されていたのかもしれないが、ポールをすこし揺らせば魔女の像…いや、魔女の身体は落ちてきそうだった。しかし…その下が問題だった。ポールの下には、まるでピラミッドのようにぐるりと白骨が積み重なっている。軍服を着た白骨は疲れきったように、ローブを着た白骨は魔女に祈りをささげるように鎮座している。もしポールに近づきたければ、その白骨群を踏むかどかすかしなければいけない。

「…いやだな」

にのまえは顔をしかめる。どちらもいやだった。

「…ここからなんとかできないかな…この紐を燃やしたらあれも燃えないかな」

魔女像のローブがほつれたひもが風に揺れていた。試しにライターで火をつけてみる。

「…だめか」

ひもについた火は途中で消えてしまった。

仕方なくにのまえはがらがらと障害物を除けてポールに近づく。

手を伸ばして、台座の下から魔女のローブに火をつけた。

「うわ、よく燃えるな」

火は一瞬で魔女の身体を包んだ。そして、すぐに異変が起こった。

血の通っていなかった魔女の手に生気が戻る。

魔女の胸に刺さっていたアーミーナイフがずるりと抜けて、広場に落ちた。

「…う…」

魔女の仮面の下からうめき声が聞こえる。

そのまま白骨の群れに頭から落ちそうになった魔女を、にのまえは思わず抱きとめた。

『う…頭が、くらくらします…ひどく魔力を消耗してます』

「…なんて言ってるかわからないな。こっちの言葉も通じないんじゃないか?エックスさん、翻訳を頼む」

にのまえの通信機に了解と返事が入る。同時通訳してくれるようだ。

「あなたは…軍人ですか?一体何があったのです?この…白骨は一体…」

魔女は身体に力が入らないのか、にのまえにすがりついたままかぼそい声できく。

「…ここで何があったのかは、これに全部書いてある。…正しいかどうかは知らないが」

にのまえは魔女に『騎士シェパードの見た悲劇』と題された小さな手帳を渡した。

「これは…ブルーローズ様の…」

魔女は手帳をおしいただき、そっと読み始めた。

「そんな…ツバキ様…シェパード…ああ……」

にのまえは複雑な心境だった。もし、この廃墟で調べたことが真実なら、この女性こそ『エーデルワイス』なのだろうから。暴君が追い求め、そして守ろうとしたはずの女性。それがどんな気持ちでその手帳を読んでいるのか、あまりにのまえは考えたくなかった。

「そうですか…結局私は、何も守れず…生き残ってしまったのですね」

仮面の下の涙をぬぐい、魔女はにのまえから離れた。少し体力が戻ってきたようだった。

「…これを。あなたは何十年も…のまずくわずだったのだから」

にのまえはウィダーインゼリーに似た軍用レーションを魔女に差し出す。それはもし生存者が居れば、差し出して警戒を解くためのものだった。

「…悪いですけど、先にあなた一口食べてくれます?」

受け取ろうとして魔女は一度にのまえに食料を返す。疑り深い性格のようだ。

「…いや、申し訳ないが、私は毒見はできない。…その、私はサイボーグだからな」

きょとんとしている魔女の手を取り、にのまえは自分の顔を触らせる。魔女は冷たい金属の感触に驚いて手を引っ込めた。

「それに、私にはあなたを毒殺するメリットがない。…あなたが襲い掛かってこない限りは」

そう言うにのまえから、おそるおそる魔女は食料を受け取る。

「なるほど。…あなたの身体のほとんどが機械だったから、結界が反応しなかったのですね」

そう、この廃墟にはロボットしか侵入することができなかった。鳥やねずみなどは自由に出入りしているのに、何故か人間だけが入れなかったのだ。だから身体のほとんどが機械になっているにのまえが入るように命令を受けたのだった。

しかし、入ったはいいが、どうやら出るときには結界に人間だと認識されてしまったらしく、出れなくなっていたのだ。

魔女はよほどおなかがすいていたのか、あっという間にレーションを飲みきってしまった。

「…これからどうする。よかったら私と一緒にわが社で働かないか?…私の会社はそういう、わけありの人間が働きやすいんだ」

にのまえの言葉に魔女は首を振る。

「ありがたいお申し出ですが…私はこの王都を、……ふるさとを、守っていこうと思います。これが最後の、私の守るべきものですから」

寂しそうにそういう魔女に、にのまえはちいさく頷いた。

「わかった。…魔法使いの研究資料はもらっていくぞ。火事場泥棒をして申し訳ないが」

「ふふふ、真面目な方ですねぇ。全部持っていっていいですよ。…あなたが出たら、ここにはより強力な結界を張ります。ですから、盗り残しのないようにどうぞ」

にのまえは肩をすくめる。本当は魔法使いであるこの女性を持ち帰るのが一番いい。が、もし資料が真実なら、彼女を怒らせない方がいい。それこそ資料ごとにのまえが消し炭になる。

「その手帳は置いていく。内容はもうデータとして保存したから」

魔女はにのまえに返そうとした手帳を、大事そうに服のポケットにしまった。

「では、お元気で」

にのまえは広場から出口に向かう。トビラから身体を半分出し、もう戻れなくなった瞬間に、ちいさく魔女が呟く。

「それに…どうやらもう一つだけ、守らなくてはならないものができたようですし」

驚いて振り返ったにのまえの目に、そっと下腹部を抱く魔女の姿が見えた。

「何っ……」

刹那、魔女の全身から微粒子が噴出す。何か魔法とやらを使ったらしい。

にのまえは廃墟から押し出された。

「……まずいんじゃないか、生物兵器を野放しした上にその子供まで」

にのまえは頭部に埋め込まれた通信機に向かってつぶやく。

『……手負いの母親を狩ってみます?まあ、今回の収穫は多いので、会社的には問題ないと思いますよ』

通信機の向こうからエックスが答えた。

「…社会的には大問題だと思うが、な」

少しだけ肩をすくめて、にのまえは帰る準備を始めた。

ともかく、脱出できてよかった、とつぶやきながら。





 

Fin.





































































































































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